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第2話 恋人

「彰くん、お待たせ」

二週間ぶりに会う彼は、前と変わらず、さわやかな笑顔を私に向けてくれた。

「美優、久しぶりだね。会いたかったよ」

彼が私に大きな手を伸ばしてくれる。私は優しくその手を取り、包み込むように胸元に抱え込んだ。

「私も会いたかった。大学って思っていたより忙しいよね。入学してからしばらくは大変だったよ」

彼は同意するように微笑むと、空いていた方の手で私の頭を優しく撫でてくれる。

「だよね。講義を決めたり新歓コンパなんかも連日あったし。サークル勧誘って、話に聞いていたけど、あの勢いはマジで引いたよ」

私は新歓コンパと聞いてわずかに肩を震わせた。脳裏にゲス野郎の顔がチラつく。私は軽く頭を振り、あいつの顔を頭から追い出そうとする。

「うん。私もそうだった。ところで……」

「美優はテニスサークル入ったんだよね。どう? 友達出来た?」

話を逸らそうとしたけど、だめだった。彰くんは今私が最もしたく無い話を振ってきた。

「う……うん。出来たよ……彰くんは? 何のサークル入ったんだっけ?」

彰くんがわずかに眉を顰める。けれどすぐいつもの私の大好きな笑顔に戻って答えてくれた。

「なんだよぉ。この前メールしたじゃん。登山サークルだよ。結構本格的な山にも行くらしいんだ。夏なんかは山で何泊もして、ひたすら登ったりする合宿があるらしいよ」

そうだった。教えて貰っていたのに、その後色々あってすっかり忘れていた。

「ごめん、ちょっとど忘れ」

おどけて舌を出してみる。前は可愛い仕草だと思ってよくやっていたけど、今はすごく虚しい気持ちになった。

「あははっ。美優にしちゃ珍しいね。じゃあ、そろそろ行こうか」

彼は私に右腕を差し出してきた。いつもやっている自然な動作だ。

「うん……」

私は彼の右腕に自分の左腕を絡ませようとした。あれ、おかしい。何百回としてきたはずなのに、不自然な絡ませ方になってしまった。動悸が激しくなる。私達の関係は以前と何も変わっていない。そのはずなのに、以前と同じことが出来る自信が無い。

「美優? どうかした? そんなしゃちほこばって……」

あぁ、彰くんに気付かれる。このままじゃいけない。私は彼に気付かれないように小さく深呼吸をし、力を抜いて腕を絡め直した。

「ううん、何でもない。久しぶりだから緊張しちゃったのかも」

「へぇ、美優でもそんなことで緊張するんだ?」

彰くんは可笑しそうに私を見つめる。

「何よ、別にいいでしょ。久しぶりなんだし。そんなこともあるわ。彰くんの方は前に会った時と全然変わらないね。モテモテの彰くんにとっては、女の子と腕を組むなんて空気を吸うように当たり前のことなのかしら」

違う。こんなことが言いたい訳じゃない。でも変に焦って可愛げの無い言葉で誤魔化そうとしてしまう。

「あはは。そんなこと無いさ。緊張で昨日は中々眠れなかったくらいだよ。ほら、目の下にクマできてない?」

そう言って私を正面から見つめ、クマを見せようとする。やめて。化粧でなんとか誤魔化しているけど、私の方のクマが見つかっちゃう。ゲス野郎とのセックスの所為でほとんど眠っていないのがばれてしまう。私は顔を反らした。

「嘘ばっかり。ぐっすり寝ましたって顔に書いてあるわ」

お願い、そんなにじろじろ見ないで。

「あ、やっぱり? 今日は朝一の講義が無かったからいつも以上にぐっすりだったよ。でもちょっと緊張していたのは本当だよ? 美優とは違う大学だし、俺と居ない時にナンパとかされていたらどうしようって心配だった」

彰くんは、顔は笑っていたけど、声は真面目な感じでそう言ってくれた。

「うん。ありがとう。大丈夫だよ。私は彰くんが好きだもん。ナンパされてもひっぱたいて追い払っちゃうから」

嘘だ。現実は彰くんの心配よりもっとひどい。レイプされ、脅迫され、毎日のように彰くん以外の男に股を開いている。自分で腰を振っている。昨日に至ってはセックスで初めて絶頂を迎えてしまった。しかもオナニーよりも強烈な快感だった。絶頂で気を失ったのも初めてだ。下腹部の違和感が今も取れない。

「美優ならそうだろうなぁ。はは。心配無用か」

彰くんは安心したのか、より一層優しく微笑んでくれた。

「うん……絶対、大丈夫だよ……」

私の大好きな彰くん。ずっと一緒に居たい。絶対にゲス野郎とのことは隠し通すわ。

 私と彰くんはお互いに午後の講義が無い日を利用して、動物園にデートに来ていた。彰くんは売店で買った餌を眼下に広がるサル山に投げ入れている。

「おっ、あいつ餌を空中でキャッチして食べたぞ。器用だな。美優もやってみるか?」

 私は差し出された餌を受け取り、彰くんを真似して餌を投げ入れた。餌はサル達が居るところまで届かず、かなり手前でぽとりと落ちた。小柄なサルがその餌目がけて駆けて行ったけれど、餌の直前で大柄なサルに押し退けられ、転んでいた。結局その大柄なサルが餌を食べ、得意気に歯を剥き出して回りを威嚇している。小柄なサルは恨めしそうに大柄なサルを見やるものの、肩を落としたようにとぼとぼと元居た位置に戻っていった。

「あはははっ。美優、全然飛ばないな。そんなんじゃ美優の餌は全部あのデカいサルに食べられちゃうな」

 彰くんは楽しそうに笑って、また餌を投げていた。彰くんの餌はきれいにサル達の上に落ち、丁度真下にいたサルにキャッチされている。小柄なサルの方に投げると、小柄なサルは器用に餌を掴み、口に運んでいた。

 サル山の柵の外には、私達と同じように餌を投げ入れている客が数組居る。私はふと先ほどの大柄なサルを見やった。大柄なサルは、他の客がさっきの私と同じように上手く餌を飛ばせず、手前に落としてしまった餌をしきりに追っていた。他のサルもその餌を追い掛けるが、大柄なサルが吠えながら走って来ると餌を追うのを止めてしまっていた。

「あのサルはボスなのかな。でかいし、みんな逃げてる。まぁ、あんな風に吠えて向かって来られたら怖いよな。あれでもし他のサルが餌持って行ったら、あのボス、持って行った奴をどうするんだろうな」

 彰くんは群れの様子を興味深そうに見ていた。私はあのボスザルにイラつきを覚えた。

「ああいうの、あんまり見ていて気持ち良くないな。動物だから、力の強いのがボスで、餌も一番食べられるのは当然だろうけど……脅して、奪って、得意気にして……大っ嫌い」

 思わず声が大きくなる。しまった。恥ずかしい。彰くんが何を言っているんだというような顔で私を見ている。

「……まあ、俺もあのボスとは友達にはなりたくないが……サルだぞ? そんなマジになるなよ」

 彰くんが呆れている。それはそうだ。何を興奮しているんだか。サルのことじゃないか。

「うん、ごめん。なんかちょっと色々思い出して……っ……」

 まずい、何を言っているんだろう。胸が苦しくなってくる。息がし辛い。

「ん? そう? なんかあったっけ?」

「なん……でもない。気にしないで。それよりあっちも見に行こうよ」

 彰くんは何か疑わしげな視線を向けてきたが、私が話を避けているのを感じ取ってくれたようだ。素直に移動に賛成してくれた。

「ところでさ、美優、アナウンサーになるって目標は今も変わらないんだよね?」

「うん。なるわ。絶対なる。ずっと夢だったんだもの。今さら他の仕事は考えられない」

「そっか。俺と初めて会った頃から言っていたから、少なくとも三年以上は同じ目標を持ち続けているってことだよな。すごいな。美優のそういうとこ尊敬するよ」

「ありがと。でも小学校の頃にはすでに何となくアナウンサーになりたいって思っていたから、少なくとも六年以上は目標変わらないかな」

「マジで? きっかけってなんだったの?」

「そうねぇ、感動的なエピソードとかは無いけど、小さい頃から周りの大人に声が良く響いてきれいね、将来は歌手かアナウンサーかしら、なんて言われていたから、なんとなくそんな気になっていったってところ。あとはニュース番組をお父さんとよく見ていて、女性のアナウンサーがかっこいいなぁって思ったのも要因かな。そうしていたらいつの間にか、絶対になってやる、って思うようになってた」

「確かに、美優の声きれいだもんな。俺が美優を気になり出したきっかけも、その声だったから」

彰くんは懐かしそうに目を細めている。私も彼に告白された時のことを思い出した。あの時は……高校最後の夏休みだった。彼は私を呼び出し、好きだと言ってくれた。そして私の声をたくさん褒めてくれた。昔から声は褒められ慣れていたけど、ずっと彼のことが好きだったから、とても嬉しかったのをよく覚えている。

「それで、それがどうかしたの?」

「うん。俺達大学入ったばっかりだけど、先のこと考えて準備しておかないといけないじゃん? 自分の将来のこともそうだけど、俺は美優とずっと一緒に居たいから、美優はどうするのかなって思って」

「ええっ、もうそんな先のこと考えているの? 私達付き合い始めてまだ一年も経ってないんだよ?」

 私はからかうように笑ったが、内心は湧き立つような喜びを抑えるのに必死だった。自然と顔がにやけてくる。

「そりゃそうだけど、付き合う前からずっと友達だったし、ずっと片思いだったし……色々と美優との将来を想像したりしていたよ」

「へぇええ、どんなこと想像していたの?」

「言いたくないよ。恥ずかしいじゃないか。そんなの」

「言ってよ。恥ずかしくないから。どんな想像していても笑ったりしないから」

 彰くんが赤くなってもごもご口を動かしている。可愛い。悪乗りしたくなってくる。

「……本当だな? 本当に笑わないな? あくまで想像していただけであって、それをして欲しいとか、そうなったらいいなとかでは無くて……」

「えぇ? そうならなくて良いの? 彰くんは本当にそれを望んで無いの? まだ内容は聞いてないけど、なんか悲しいなぁ」

「いや、その、そうじゃなくて……くそっ、分かったよ。言うよ。……美優が言えって言ったんだからな?」

「うんうん、聞かせて」

「美優と……結婚して、子供作って……三人だぜ? 男の子二人と女の子一人。それで静かな住宅街に家買ってさ、みんなで仲良く暮らすんだ。美優のご両親に挨拶に行くときの練習とか、子供の名前とかも考えた……あとは、美優と俺の娘が、成長して、結婚することになったら、きっと泣くな……とか、ちゃんとした男じゃないと許さない……とか、男の子の方はまあ、どうでもいいな、みたいな……」

「あははははははっ、ひぃっ、ひぃっ、苦しいぃぃっ」

「おまっ、笑わないって言ったじゃんっ。なんだよくそっ、笑い過ぎだろっ」

「あはははっ。だってっ……ぶふぅぅぅだめだ。止まらない。あはははははっ」

私は久々に心から笑った気がする。胸の奥に沈殿していた重い鉛が消えていくような気がした。

「あははははははっ、はあぁぁぁ、落ち着いた。ぷふっ、彰くん、すごい妄想力だね。彰くんのそういうとこ尊敬するよ」

「嘘つけっ。顔が邪悪過ぎるぞ。そのにやつきやめろっ。ああああっ、やっぱり言うんじゃなかった。超恥ずかしい」

 彰くんは手で顔を隠し、そっぽを向いてしまった。ちょっと笑い過ぎたかな。悪いことしちゃった。

「ごめんね、彰くん。笑っちゃったけど、別に変だとは思わないよ。将来を考えるってそういうことだよね。私は、彰くんがそこまで考えていてくれて……嬉しかったよ」

 私はそっと彰くんを背中から抱きしめた。広い背中だ。筋肉もしっかり付いていて、全体的に硬い感触がする。頼りがいのある背中。全てを打ち明けて、すがりつきたくなる。

「それって……そういうの、望んでいても、良いってこと?」

 彰くんが恐る恐るといった感じで聞いてくる。私は背中越しに、小さく頷いた。

 私が借りているワンルームアパートに、洗濯機と掃除機の作動音が響いていた。明日の夜、彰くんがうちに夕飯を食べに来る。きれいにしておかないといけない。抜け毛一本だってあの男の痕跡を残してはいけない。あいつの色々な液が付着したシーツなんて本当は捨ててしまいたいけど、行為の度にシーツを新調するなんて経済的な余裕は、私には無い。あのシーツを敷いたベッドに彰くんを座らせるのは、彰くんを汚すみたいですごく嫌だ。それもこれもあのゲス野郎の所為だ。なんで私がこんな嫌な思いをしなくてはいけないのか……一人になると考えても仕方がないことを延々と考えてしまう。掃除が終わったら、部屋を消臭しなくては。お尻の軽い友人から、セックスの後の匂いは当事者には分からないけれど、第三者はすぐに気付くくらい強烈だ、って聞いたことがある。私には自分の部屋の匂いがさっぱり分からない。だからこそ危ない。しつこいくらいに消臭しておかないと、きっと彰くんは気付いちゃう。本当は部屋に彰くんを入れたくない。でもそれはゲス野郎に屈服したみたいで嫌だ。あんな奴に私達二人の関係を邪魔されたくない。下らない意地だけど、私は決めたんだ。アナウンサーになる目標も、彰くんとのことも、絶対諦めない。そのためには、どんなひどい仕打ちでも耐えてみせるって。大丈夫。犯されようがオモチャにされようが、隠し通せば良い。私ならきっと出来る。問題無い。……私は薄々このままでは済まない予感を感じながら、レイプされてから繰り返してきた自己暗示を今日もまた行った。枕元に置いてあった薄茶色のライオンのぬいぐるみを抱きしめる。先日の動物園でのデートで彰くんとお揃いで一つずつ買ったお土産だった。私はぬいぐるみに彰くんの温もりを感じながら、眠りに就いた。

 午前の講義が終わった。学食に昼食を食べに行こうと席から腰を浮かせたタイミングで、メールの着信があった。私は一瞬息が詰まったが、相手が彰くんだと分かり、ほっと息を吐いた。

『午前の講義おわったー。これからお昼に行くよ。美優もたぶんそうだよね。今日はうちの学食でラーメン特盛無料サービスデイでっす! いってきまー。そういや今夜のメニューどうしようか? 一緒に作るって約束だったよね?』

なんでもない内容だけど、今はそれが嬉しい。私はすぐに返信した。

『おつかれ~。こっちも今終わったとこだよ。ラーメン食べ過ぎて晩ごはん食べられ無くなったらダメだよっ。メニューは買い物の時に決めない?』

 夕食のメニューを一緒に考えるなんて、大学入る前は考えられなかったな。なんかすっごく大人になったような気分。これが大学生なんだ。そんなことを考えていたら、またメールの着信があった。彰くんから了解のメールかな?

『明日のサークルは十五時からだ。講義あってもサボれ。それと、この前に渡したウェア着て来い。サークル後はそのままお前の家に直行する。おマンコする準備しとけ。してなくてもするけどな』

 ゲス野郎だった。私は学食に行く気力も無くなり、ぼんやりする頭で座席に腰を下ろした。力の抜けた手元からスマホが床に転げ落ちる。直後、スマホがまた誰かからのメールの着信を知らせるため小刻みに振動を始めた。誰も居なくなった静かな教室に、振動するスマホとそれに接する床が生み出す、独特の虫の羽音のような音が響いている。私はメールを確かめることも無く、次の講義が始まって教室を追い出されるまで、窓の外に見える曇り空を眺めていた。

「彰くん、これ安いよ。脂も乗っているし、美味しそう」

 私は手に取った鮭の切り身を彰くんに見せながら、今夜のメニューに加えないか提案した。

「まあ確かに。良いと思うけど、値段は気にしなくて良いって言ってるだろ? 今日は俺が出すから。ほら、この鯛とか美味そうじゃん」

「それはダメだって言ったでしょ? 私も彰くんもまだバイトだってして無いし、仕送りと奨学金で二人とも生活しているんだから、一方的に奢られるようなのは嫌なの。それに必要の無い贅沢はだめよ。締めるとこは締めないと身を滅ぼすわ」

「いや、まあ、そう言われるとそうだけど、引っ越しの時手伝って以来初めて美優の家に行くんだし、ちょっとは見栄を張りたくなるだろ」

「ありがと。見栄を張ろうとしてくれたって気持ちだけで十分よ。お願い。こんなことで喧嘩したくないわ」

「ちぇっ、分かったよ。俺の甲斐性が無いのも原因だしな。美優に堂々と見栄を張れるようになるようにせいぜい努力するよ」

「いいわね、それ。そしたら私も遠慮せずおねだりしちゃうわ」

「おいおい、お手柔らかに頼むぜ」

 私達は笑い合いながら仲良く夕食の材料を選び、レジに並んだ。ふと彰くんを見ると、何かそわそわしている。

「彰くん、どうかした? 買い忘れたものでもある?」

「いや、うん。ない……。いや、ある。ごめん、レジ頼むよ。俺ちょっと行ってくる」

 そう言うや否や、彼はレジから離れ、スーパーに併設されているドラッグストアに向かって行った。なんだろう? 風邪でも引いたのかな? 私は疑問に思いながら、会計を済ませ、商品を袋詰めして出口で待っていた。すぐに彰くんは戻ってきたけど、手ぶらだ。背中のリュックの中かな?

「お待たせ。袋持つよ」

 彼は少し顔を赤くして、私から買い物袋をひったくるように奪っていった。

「ありがと。それで何買ったの? 薬? 顔赤いけど、風邪?」

「いや、あの、その……ば、絆創膏っ。そう、絆創膏を買ったんだよ。ほら俺登山サークルじゃん? 転んで怪我した時用に必要かなって」

 彼はしどろもどろに答える。何か隠し事をしている感じがする。薬局……赤い顔……隠し事……もしかして。私はいまだ顔を赤くして目線をさまよわせている彰くんを見て、確信した。彰くんが買ったのは、避妊具だ。これから私の家に行くんだし、彰くんがそういう期待をしているのは当然か。

私達は付き合って半年だけど、まだそういう関係では無かった。彼氏彼女になったあの夏、私達はそういうのは受験が終わってからにしようと約束した。あの時に身体の関係を持ったら、きっと受験どころでは無かった。二人して浪人していた可能性もある。でも、今はもうそんな制限をする必要は無い。彰くんはやりたい盛りの年齢だし、身体の関係を持たない彼氏彼女なんて、いまどき天然記念物モノだ。私だって彼に初めてを捧げる覚悟は決めていた……ついこの間までは。

大丈夫。なんとかなる。もう私は処女じゃ無くなってしまったけれど、初めての振りくらい出来るはず。大丈夫。落ち着いて。今日、私は彰くんと……初めてセックスする。

「ああ、食ったぁ。お腹いっぱい。美優の焼いた鮭、ちょっと焦げていたけど、美味かったよ」

「ごめんね。次はもっとちゃんと焼けるように練習しておくから。彰くんが作ったお味噌汁もすごく美味しかった。出汁も鰹節から取るなんて、本格的だね」

「まあね。味噌汁は出汁が命だから、インスタントとかは使わないようにしているんだよ」

「私も今度は自分で出汁取ってみようっと」

 夕飯を食べ終えた私達は、座卓の丸テーブル越しに向かい合って、他愛無いおしゃべりをしている。彰くんはこの後を意識しているのか、しきりに股間のあたりを気にしている。きっと勃起しているのね。見えないように位置を直しているのだろうけど、私はそういうのが何となく分かるようになっていた。だんだんとぎこちない空気が漂い始める。

「そうだ。これ見よう」

 彰くんは自分のリュックからDVDを取り出して私に見せてきた。タイトルには、『動物園では見られない動物の生態 第二巻』と書かれている。

「これ、昨日の動物園で無料配布していたやつ。リュックに入れっぱなしだったよ」

 彼は動物とか自然とかが好きだ。昨日の動物園も彼の希望だった。

「いいよ。見よう。ちょっと貸して」

 私は彼からDVDを受け取り、プレーヤーにセットした。

「そっち見にくいでしょ。一緒にこっちで見よ」

 私はテレビ画面の正面にあるベッドに座り、彼を隣に誘った。

「う……うん」

 彼は勃起した股間を誤魔化したいのか、前かがみになり、奇妙な足取りで私の隣に来て座った。彼の息が荒いのが伝わってくる。

「始まるよ」

「うん」

 さっきから彰くんは「うん」としか言っていない。今きっと頭の中真っ白なんだろうな。彰くんにとっては初めてだもんね。そうなるよね。あははっ。おかしいのっ。本当は私も頭の中真っ白にして、緊張でガチガチに震えていたのかもしれないけど、今は手や足の先が冷たく冷え切っている。これから大好きな彼と初めてセックスするっていうのに、ときめきも、甘く痺れるような期待も、どれも感じ無い。ただ、ゲス野郎と散々した行為を彼とすることに、言いようの無い虚しさと罪悪感を覚えている。

 テレビ画面に映像が流れ始めると、彰くんは緊張を誤魔化すように早口で映像の解説を始めた。

「……って感じでね、ライオンは喉笛を噛み千切って獲物を殺すんだよ」

 観ている間中、私も彰くんもきっとDVDの内容よりも、映像の残り時間の方が気になっていた。

「彰くん、電気消して」

「分かった」

 彼がシャワーを終えて部屋に戻ってきた時、私は濡れた髪を乾かそうとベッドに座ってドライヤーを当てていた。部屋の中が暗くなり、私はドライヤーをベッドの脇に静かに置く。ベッドが軋み、彼が私の隣に座ったのが分かった。彼が優しく私の肩を抱き寄せ、耳元に口を近づけ、囁いてくる。

「美優。好きだよ。ずっとこうしたかった。愛している」

「うん。私もだよ。愛しています。彰くん」

 彰くんはそっと私の顎を支え、キスしてきた。彼とのキスは初めてじゃないけど、今日の彼のキスは動きが固かった。私はリードするように舌で彼の唇を舐めて上げた。それで少しは力が抜けたのか、今度は彼の方からゆっくりと舌を突き出し、私の唇を押し開いて口内に侵入させてきた。私の口の中を味わうようにゆるゆると舌を動かしてくる。私もそれに応え、彼の舌に自分の舌を絡めていく。あぁ、彰くん、やっぱりあなたが好き。あなたとのキスは心が満たされる。幸せを感じるの。さっきまで冷え切っていた心が温まっていくような感覚に私は身を任せた。彼に抱きしめられ、キスされるだけで私の気持ちは高ぶっていく。彼と一つになりたい欲求が子宮の奥から滲み出してくるようだ。下腹部が熱い。このまま彼と……。

「美優、タオル、取るね」

「うん」

彼は私をゆっくりとベッドに仰向けに倒すと、胸元で止めていたバスタオルをゆっくり剥ぎ取っていく。私は急に恥ずかしくなり、両手で顔を覆ってしまった。彰くんが唾を飲み込む音が聞こえる。今私の全てが、彼に見られている。そう思うと両手を顔から離すことが出来なくなってしまった。頬が熱い。額が熱い。耳が熱い。首から上だけサウナに入ったかのような熱に襲われ、私は混乱していた。相手が違うとこんなにも違うんだ。人の心って不思議だなと、場にそぐわない感想を抱いた。

「美優。きれいだ。触るよ。痛かったら……言ってね」

 彼は緊張に震える声で私に話し掛けてくる。自分もいっぱいいっぱいな筈なのに、私を気遣ってくれている。それが、嬉しかった。

「うん。大丈夫だよ。優しくしてね……」

 私の声も震えていた。私の場合は罪悪感からだったけれども。散々ゲス野郎にオモチャにされて、イカされよがった女が今さら何を言っているのかと、冷めたまま残った意識の一部が語り掛けてくる。私はその声を無視して、彰くんのしてくれるぎこちない愛撫に意識を集中することにした。彼の手が私の胸に触れている。恐る恐る、胸を下から包むように撫で、親指で胸の先端の感触を確かめているようだった。

「美優の胸、大きいよね。何カップあるの?」

「……Dカップ」

「そうなんだ。すごく、柔らかい」

 彼はそう言うと、手で胸全体を覆うように掴んできて、少し強めに揉みしだいてきた。少し痛い。それを伝えようと思い、顔を覆っていた手を外し彼を見ると、嬉しそうに胸を揉んでいた。自分の手に沿って形を変える私のおっぱいを満足そうな表情で見ていた。その様子に、少しくらい痛くても良いかな、と思ってしまう。彼が愛おしくなり、そっと頬を撫でると、欲情した彼の瞳が私を捉えた。鼻息が荒い。

「おっぱい、舐めるよ」

 私の返事を待たず、彼は私の乳首を舐めだした。ぺろぺろと犬が飼い主の顔を舐め回すような、動物的な舐め方だ。

「どうかな? 感じる?」

「……よく、分からないよ」

 彼は首をかしげ、今度は反対の乳首を舐めだした。ごめんね。彰くん。分からないなんて嘘。それじゃ感じ無いの。感じる舐め方はそうじゃないの。私は無意識にあの男の舐め方と比較している自分に嫌気が差した。

 太腿に硬く熱を持った何かが当たっていることに気付いた。そちらを見たが、いまだおっぱいに夢中になっている彰くんの頭が邪魔をして、角度的に確認が出来ない。位置的には彼の股のあたりだ。彼はその硬いモノを私の太ももに擦り付けている。私は膣に疼きを感じた。膣が硬く熱いモノに貫かれることを期待して、潤い、熱を持っていくのが分かる。私はそろそろと手を伸ばし、太腿に擦り付けられているモノに触れた。熱い。そして脈打っている。

「み、美優? それは……」

彰くんがびっくりしたようにおっぱいから顔を離した。

「すごく熱い。びくんっ、びくんってしてる」

硬い。先っぽが少しぬめっている気がする。でも、私が毎日咥えさせられていたモノよりはちょっとだけ小さい。そんな気がした。あいつのグロテスクなモノの映像がフラッシュバックされる。

「……美優、無理しなくていいんだよ?」

「無理なんてしてないわ。続けて?」

「それならいいけど……」

 ここまで来て何を言い出すのだろう。ここはこんなにも私に入りたがっているのに。

「下も、触るね」

「……いいよ」

 彰くんが指で優しく膣の入り口に触れてくる。

「……すごい、もう濡れてる」

 あぁ、恥ずかしい。淫乱って思われないかな。初めてなのに胸の愛撫だけで濡れているなんておかしいと思われないかな。初めての時って、女の子はどんな風になるんだろう。私は気付いた時には処女で無くなっていたから、今となっては知りようが無い。

 彰くんが膣内に指を入れてきた。中を探るように動かしてくる。

「美優、痛くない?」

「大丈夫」

「よかった。この変どうかな? 気持ちいい?」

「う、うん。気持ちいいかも」

 彰くんは私のセリフに安堵したのか、同じところを何度も刺激しようと指を動かしていた。実際には全く見当違いの場所だったけれど……。彰くん、そこじゃないの。私が感じるのはもっと奥の……またあいつの顔を思い出す。私も知らなかった私の感じる場所を見つけたのは、ゲス野郎だった。あいつは私の反応を見ながら、巧みに感じる場所を開発していったのだ。隠そうとしたが、経験豊富なあいつに隠せるものでは無かった。憎い。彰くんに見つけて欲しかったのに。彰くんに初めてを捧げたかったのに。彰くんのことだけを想い、この瞬間を迎えたかったのに。私はあいつに与えられた屈辱を彰くんとの行為により鮮明に思い出してしまっていた。唐突に、彰くんが私の中から指を引き抜き、身体を離した。

「……美優、今日はもうやめておこう」

「……えっ……どうして……私は大丈夫だよ?」

 なんでそんなことを言うのか。止めないで欲しい。あいつとの記憶を彰くんとのセックスで上書きして欲しいのに。

「……だって美優、さっきからずっと泣き続けているじゃないか」

「そんなこと……」

 私は自分の目元に手をやる。そこは確かに大量の涙に濡れていた。

「それに、すごく辛そうにしている。ごめん。まだ俺達には早かったみたいだ。ゆっくり行こう。俺は待ってるから」

 彰くんはそう言うと、さっさとトランクスを履いて萎んだペニスを仕舞ってしまった。そして、ベッドの空いたスペースに身体を滑り込ませ、私におやすみのキスをした後すぐに目を瞑った。私は中途半端に湿った自分の下腹部に気持ち悪さを感じた。

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※販売版のタイトルは『壊された美少女はドラッグ乱交セックスでイキ狂う』に変更されています

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